ウォッシャブル全裸

this is my life

塩と理想と現実について

小説は問答無用で心を豊かにするものである。

 

この前提に一切の反駁の余地がない。しかし、インターネット超文明開化の現代において、やれ活字を読め新聞を読めとつばきを散らせば老害と烙印を押されるのは、もはや当然の摂理。悲しきかな、理想と現実は読書とインターネットにとって変わられて久しい。なぜなら活字を読むのは時間がかかるし、お金もかかるし、場所もいるからだ。インターネットは時間がかからず、お金もかからず、場所も要らない。文明は偉大であるだろうが、この場合はどうだろうか。

我々が良くも悪くも心豊かでいられた義務教育時代から幾星霜、悲しいかな、活字によって培われた豊満な土壌は見る影もなくインターネットの荒みに洗い流され、痩せ細った更地と化した。SNSによって供給される申し訳程度の肥料は半分が大嘘か釣りの紛い物であり、もう半分は行きもしない同人誌即売会サークルカットである。ああ無情。要するに私は、強制的に提出期限の定められた課題と半強迫観念によって執り行われる創作活動の自転車操業の中で、なんでもいい、本が読みたい、出来ればゴールデンカムイ全巻1000円くらいのやつ……とブックオフに駆け込んだのである。確か6月くらいだったと思う。

しかしゴールデンカムイは人気の絶頂を博しており1巻も見当たらず、かといって何を買えばいいのか分からず、可哀そうな私は読み覚えのある文庫本を一冊手に取ってレジにて400円払って店を出た。その本は半分読みかけのまま結局昨日までニトリのカラーボックスの中に置いておかれ、今日―――すなわち夏休みという偉大な学生特権の中の1日の中で―――やっと読了に至った。

ここまで読むのも怠かったおまえ。そういうとこだぞ。

 

さておき、有川浩の「塩の街」である。

 

f:id:yonarika1525:20180815161940j:plain

確か初めて読んだのは中学生か、小学校高学年だったか、判然としない。多分中学生だったと思う。

有川浩は言わずと知れた有名作家である。図書館戦争、植物図鑑は映画化もされたし普通にめちゃくちゃいい話なので知っている人も多い。その普通にめちゃくちゃいい話の原点、すなわちデビュー作がこれである。電撃文庫大賞の大賞受賞作で、角川文庫によって後に発表された四部作を含めて再編されたのが今回読了した「塩の街」。

おもしろかった。

その一言に尽きる。ぐだぐだと「秋庭と真奈の関係が素敵」とか「世界観の描写がリアルで緻密」とか、本当は述べたくない。述べたくないが、良いものの何が良いのかという点はハッキリさせておかないと気が済まないので、敢えて色々掻っ捌いて書き残しておこうと思う。

 

塩の街」は有川浩の「自衛隊三部作」と呼ばれるもののひとつ、前述したようにデビュー作である。そしてあろうことかこれをラノベ文学賞に応募し、あろうことか大賞を獲ってしまった(失礼)。

 

まず、自衛隊三部作全てにおいて言えることだが、緻密な背景画のようにリアルな自衛隊描写が見事だと思う。インターネットでかじった知識、図書館で書物を舐めた程度ではこの精密な組織の描写は出来ないはず。自分の足と手と目などで調べて、その膨大な情報をバックボーンに据えているからここまで「現実的な異常事態」を書けるのだろう。もうこの要素が、ラノベの域を遥か彼方に置き去りにして飛びぬけている。全然ライトなノベルじゃない。ざっくり言うと「日本の東京湾に謎の白い隕石が突き刺さってから人間が塩になる災害が発生した世界で男と少女がどうたらこうたらなる話」なのだが、有川浩は男と少女の関係をどうたらこうたらして終わりではない。政府はどうなる、自衛隊はどうなる、生活は、交通は、企業は、日常の全てはどう変貌したのか、説得力のある背景が考察されている。けれどやはりその膨大な背景をひけらかすことはせず、必要な時に、必要な分だけ書き起こすのだ。

それでも、緻密に織られている分だけ説明の文章は難しく、かといって安易に噛み砕いた文にすると幼稚な小説になることから、仕方なく息の詰まるような地が続くこともある。

しかしその気密さとの折り合いをつけるのがそこに登場する人物たちだ。秋庭という男、その男と暮らす少女 真奈、その関係やストーリーは、緻密で現実的な世界観とは逆に、ロマンスに振り切っており、そんなに何でもドラマチックになるだろうかというレベルで肥大化していく。だが、それも緻密に構成された背景のおかげで何故か妙に共感できる。ラストシーンは、それまでの物語のストーリーによって読者の中に積み重ねられた共感のエネルギーだけで感動できるほどだ。自分の過去と真奈を重ねて共感したりする必要はないし、そもそも無理である。

塩の街」は、「こういう感情があったらいいのにな」という空想を明確に削り出した小説だ。そしてそれにのめり込める小説だ。そういう意味でも、非常に良くできた小説だと思う。

 

(一つ惜しいなあと思ったのは、後半部分の短編四節。本編が終わってすぐに読むと、せっかくぶち上ったテンションが何となく現実よりに叩き落されてしまい、再度上昇しなくてはならない。本編を読んで感動したら、以降の四節は本編の余韻が引いた後に読む方がよかった。個人の見解。)

 

 

小説を読むと心が豊かになるのは、自分の知らない感情を疑似体験できるからだろう。そしてそのためには、没入できるくらい作りこまれた世界と、非現実的ながらも理想の人間たちが必要だ。

有川浩は「書きたいように書いた」だけでこれほどまでに読者を巻き込むエンターテイメントを作れるという。まったく恐ろしい事だと思う。時間があれば、自衛隊三部作の残りの二つも読みたいが、現実はどうだろうか。